Artist stories
〜桐本晶観〜

雲母と和紙、墨を使用し、見る方へ寄り添う作品を生み出す

和紙と雲母、墨を使用し、世界で唯一の技法で作品を生み出す。
画面全体からきらめく雲母の輝きは見る角度によって色彩やひかり方が変化する。
海外での展示や受賞歴も多く、国内外で精力的に活動される桐本氏に雲母との出会いから作品制作にかける思いまでお話しを伺う。

絵を描かれるようになったきっかけを教えてください

幼い頃から絵を描くのは好きで美大に進学して、工業デザインを専攻していました。

卒業後は一度、作品作りから離れた時期があったのですが、ある方から「天命にもどりなさい」という言葉がきっかけで再び描くようになりました。

日本画を選択された理由はありますか?

大学ではもちろん油絵からアクリルなど一通り学ぶのですが、今の日本画には意識せず自然な流れで行きつきました。もともと形あるものを描くという感覚がなかったんです。当初から墨を使ってみたいというのがあり、初めは墨絵をずっと描いていました。

雲母との出会いについて

絵の道に戻った時にある時、知り合いの美術の専門家の方から雲母のことを聞きました。

雲母のみを使った作品はほとんどないので、一度雲母を使った作品を生み出してみないかと言われたのが雲母を使うようになったきっかけです。

書き方や技法を教えてもらうために最初は先生を探したのですが、どうしても見つからず、3年ほどかけて雲母と墨と和紙を組み合わせた技法を自ら考えて描きました。

初めて画材屋さんで雲母を手にした瞬間、全身に衝撃が走って「これだ」という感覚が心に響きました。なんとしてもこれを使って作品を生み出してみたいと思いました。

雲母を使うにあたり苦労された点はありますか

一番大変だったのは接着の部分です。

私の作品は日本画でありながら膠を使わないので、雲母との相性の良い接着方法というのも3年の中で試行錯誤して作り出しました。

膠を使わない理由というのはなんですか?

やっぱり雲母との相性が非常に悪いというのが理由です。

動物的な独特の香りが個人的にすごく苦手というのもありました。あと雲母の煌びやかな色合いと合わせるとどうしても暗い仕上がりになってしまうので雲母の良さが消されてしまう気がしたのです。

そこで接着のところは自ら組合せを考えて作り出しました。

雲母を初めて使用して描かれた時期はいつ頃でしたか?

13年ほど前に雲母と出会い制作をはじめました。

現在までの足跡をお伺いできますか?

美大を卒業して絵を描きたいとも思ったのですが、実際問題画家では食べていけないということを思い就職をしました。

そして40歳を過ぎた時に、先ほどのある方に「本来の自分の姿に戻りなさい」と言われて改めて画家に戻る決意をしました。

作品を描きたくなるタイミングはありますか?

決まったパターンはないのですが、描く前に自分の中で「そろそろかな」という感覚がやってくるんです。その感覚は決して楽しいものではなく、生みの苦しみみたいなもので、凝縮された感覚が波のように来ます。そういう感覚が数週間続く中で、墨と和紙と雲母を用意して時を待ちます。

そしてふと時がきて描きたくなった時に筆をとるという感じです。逆に描かなければと思うと描けないんです。
 

その感覚に周期というものはあるんでしょうか?

いや、全くなくて、意図しないタイミングでやってきます。一年間全くその感覚が来ないこともあり、自然の流れに任せてじっと待ちます。時の流れと自然の流れに逆らわないことは大事にしています。

どの時間帯に制作されることがおおいですか?

だいたい作品を描く時は、深夜が多いです。日中だと物音であったり雑音が多いので、全神経を集中させる場合は静かでないと無理なので夜中から明け方にいい作品が生まれます。

桐本さんの中で思い入れの強い作品はありますか?

印象に残っているのは大屏風の「誕生」です。これは48時間ぶっ通しでスタジオ借り切って、水分をとる以外は2日間全集中で描いていました。
それから「臨」シリーズも思い入れが強いです。これが最初にできた時は極限の集中状態で体力や気力が「もうだめだ、限界だ」となったときに、和紙が盛り上がって一本の線ができ、作品になりました。刃物の上を歩く感覚といいますか、本当にギリギリの精神状態でしかできないものなんです。
あとは2021年の養正堂さんでの個展を期に誕生した「朱」です。
これは3年ほど前からやってみたいという思いはあったのですが、朱は扱い方がとても難しいのでずっと躊躇していました。ENOALさんと養正堂さんとの出会いによって、「失敗を恐れず、自ら勇気を出して挑戦しよう」と思い制作したところ、自然と雲母と朱が混ざり合ってくれました。本当にこれは授けて頂いたと感じています。

画材に関してもこだわりがあるとお伺いしました。

どの画材を使うかは全て自分の直感で選んでいます。自分の手の感触や触れた時の感覚でいいものを使うようにしています。ただ気がつくと品質的に最上級になる場合や、金額的に高価になることが多く、「げっ」と思うこともあります。笑 

朱に関しても、JOYに使用している岩群青も緑青も特上のものを使用しています。

芸術家になっていなければ何になっていたと思いますか?

よく尊敬する画家は誰ですかと聞かれることがあるのですが、その時こう応えるようにしています。「私は桐本 晶観になりたいです」と。

絵を描く以外の選択肢はないですね。

作品をどういった方に見て頂きたいですか?

区別なくどんな方にも全ての人に見て頂きたいです。

桐本さんにとって作品を描くこととはどのようなことですか?

私にとって描くことは命であり、生きることであり、全てです。

ファンの方にメッセージをお願いできますか?

雲母というのは古より、「地球の力が弱まった時に雲母が支える」と言い伝えがあります。また墨は空気を浄化する作用があります。そして和紙。これら三位一体となった作品が皆様に勇気や力、命を与えられるようなことができれば非常に嬉しく思います。

アートの販売やレンタル_ENOAL_桐本晶観

桐本 晶観(キリモト ショウカン)

美大を卒業後、絵本や日本画など作品を制作。
―ある時、雲母と呼ばれる石の粉に出会い、その石の粉を指先に乗せた途端、全身が光で包まれるような感覚になりました。 光に反射して、キラキラ光る世界。まだ何も描いていないのに、新しく生まれる絵が、眉間にまるでフラッシュのように映りました。
― その時から日本画に和紙と墨、雲母を使用する他に類を見ない技法で作品を制作する。 自身はアスペルガー症候群を患うなか、極限の集中状態の中から命吹き込まれた作品は、黄金に輝きな がら見るものに寄り添い魅了する。

【受賞歴】

第27回  パリ国際サロン ドローイング部門 入選
第45回  スペイン美術賞展 入選
第 2 回    新エコール・ド・パリ 浮世絵パリ展ドローイング部門 入選
第46回  ポルトガル美術賞展 入選
第15回  日本・フランス現代美術世界展 入選 東京新国立美術館にて展示
第28回  パリ国際サロン ドローイング部門 入選
第28回  パリ国際サロン 本展 推薦出展
第47回  ベルギー・オランダ美術賞展 特別推薦部門出展
2016 サロン・ドトーヌ 入選
第30回記念展 パリ国際サロン 推薦出展
Discover the one Japanese Art 2018 in London 準グランプリ受賞
第26回     国際平和美術展 広島ー国際連合欧州本部(ジュネーブ) 出展
第24回   日本の美術 全国選抜作家展準大賞 日本恒久皇芸術賞
セント・テレジア芸術賞
日本芸術選奨大賞 日本画部門大賞
デュ・パトリモアンヌ芸術賞
第12回世界平和芸術家協会展 特選最優秀賞


【代表作】

・臨シリーズ

ENOAL_桐本晶観

一本の線から織りなす極限の世界。 和紙に水分を含ませ、表面をハケで極限の集中状態で何時間もなぞり続け、墨と雲母を和紙と同化させ ていく。数時間経つと和紙の表面が盛り上がり一本の直線を形成する。 さらに数時間手を動かしていくことで隆起が大きくなり形を形成していく。 一枚の和紙からとは想像できないほど立体的に盛り上がり、直線や曲線がで造形される形は圧巻。

・瑞シリーズ

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下地に墨を何層にも塗り重ね、さらに金雲母を何層にも重ねていく。岩群青と緑青、雲母の粉末を大量に混ぜ合わせ、寝かせた後に下地にのせる。 さらに白雲母、金雲母を上から重ね、まるで彫刻のような立体感を形成していく。 瑞という名は、おめでたいことや明るい兆しを見出す作品となって欲しいということから名前が付けら れている。

・朱シリーズ

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2021年12月から始まったシリーズ。 数年前から雲母と朱を組み合わせる構想があったものの、実現には至らなかった。 今回展覧会開催にあたり、試みたところ非常に良い仕上がりになったので、桐本晶観の 新しい「麒麟」シリーズとして展開予定。 下地には墨と金雲母を使用し、朱と金雲母、白雲母を画面にのせていく。 朱の赤色と金に輝く雲母の鮮やかさが印象的で、光のあたり方で姿を変化する様子は幻想的でもある。 麒麟や雲海、山脈などさまざまなものに解釈できる複雑味も見どころ。

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